2002年6月28日 (金)

ワールドカップ韓国観戦記

2002年6月 韓国に行ってきました。って観戦です、日本国内はチケットがない(当たらん)し。 身近な異文化を体験できて良かったと思うが、もっといろいろ体験はずが、言語力がまったくなく、たいしたことができなかった。

しかし、次回 この国にいくのははいつでしょうか?
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ソウルワールドカップスタジアム 6.25.2002

観戦行程はこんな感じでした。詳細は月日をクリック

月  日    発      着       泊      観戦試合    記 録
6月20日 成田> 仁川 >ソウル なし 英語だけでも泊まれた。
6月21日 ソウル> ウルサン >ウルサン ドイツ対アメリカ ラブホに3人、男だけ。
6月22日 ウルサン> クワンジュ> クワンジュ スペイン対韓国 団体バスで日本人移動
6月23日 クワンジュ> ソウル> ソウル なし キャンセルシートをゲット
6月24日 ソウル - ソウル  あかすり・サウナ初体験
6月25日 ソウル - ソウル 韓国対ドイツ スタジアムの医務室に行く。
6月26日 ソウル - ソウル なし 戦争記念館で歴史に浸る
6月27日 ソウル> 成田> 自宅 なし 現実にもどる。

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2002年6月27日 (木)

2002.6.27 一日中 眠いッス。 日本到着

11時インチョンのフライトだが、朝 5時半起き。Myroom1
ソウル市内の交通渋滞と倹約の為、まずは金哺空港へ地下鉄で移動。地下鉄は5時半では動いておらず、しばし待つこと10分。なんと地下鉄ホームで蚊に刺されました。
7時くらいに金哺空港に到着。インチョンまでのバスチケット買いに。おねーさん曰く、バス停『7番』で待てというのですが、なかなか来ません。周りの人がぞろぞろと乗る便のドライバーに聞くと、これでOKというので乗りましたが、リムジンじゃない、2,800ウォン、なんて安いと思ったら、2列2列のふつうの観光バス。
行きは1+2の高級リムジンだった。テレビもついていたし。インチョン空港についても案内がなく、隣のおねーさんがおりるので急いで降りて、結果は正解。
もう少しで空港ロビーの最果てまでいってしまうところでした。最後にキムチ買いましたが、店員みんなが日本語上手でしゃべれるのってある意味、気味悪い。成田まで約2時間のはずが、成田の天気が悪いのと、空港混雑につき30分ほど遅れ、スカイライナーと定期券でうちについたのは5時すぎ。
今日も一日長かったとも思いながら、4年後どうする?と真剣に悩んでしまうのであった。
(といいながら、2年後もチケット買ってます、P国へ行く予定です。。。。2003.9追記)

※決算発表※
トータルでは、諸経費込みで約21~22万くらい、うち約10万円がチケット代でした。エアーが4万、掛け捨て保険が0.7万、残りは食費とかお土産代です。
終わりに。最後まで読んだ人、本当にお疲れ様でした。 

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2002年6月26日 (水)

2002.6.26 まだソウルにいます。

すべての観戦試合が終わりましたが、格安航空券の関係で足止めです。
韓国版鳩バスツアー探しに、光化門へ。観光センターで聞くと、バスで直接チケット買ってくれという。
現金下ろしている間に携帯がなる。着信がでないので、とりあえず会社と自宅に電話。犯人は実家の父親でした。こっちの鳩バスは、専用のバス停が各所あり、30分間隔で運行中、降りたいところで降りて見学、時間にもどれば、次のバスにてすきな場所まで移動。
割引券のある戦争記念館で降りて、いやと言うほど朝鮮戦争もの見ました。(展示してあるなかに、ドー見ても田宮の1/35ミリタリーシリーズのプラモデル多数。)あと、噂どおり、第2次世界大戦っていわないのね。なんて書いてあるかわからんけど解放運動?的な表現。日本の降伏文書 本物ありました。ウーーーーン、なんとも言いがたし。次になんとか宮を見学し、昼飯。

Kanko06261 適当なところ無くて、なんか画廊に併設のレストラン。大統領府のそばで高級宅地の立地条件からか、見るからに高そう・・・。
韓国で食べる2度目のイタリアンパスタ。今度はうまいけど、なんと25000ウォン、過去の晩飯よりも高い。バスが一巡して、ソウルの八重洲ブックセンターへ。テレビアニメは日本のものばかり、もちろん吹き替え済み。ハム太朗ハングル版のキャラクターシールと、めあての本を入手し、ロッテ百貨店へ移動。しかし、DUTY FREE ってほんと日本人しかいません。香水くさい中、さっさと、買い物終了。
デパ地下で、韓国のりとパンを購入。ミョンドンで晩飯。日本食のはずが、最後だからと思って焼肉に再挑戦も、あんまりうまくないのと、クワンジュ・ウルサンより高いのが気に入らず、ちょっと後悔。やっぱ、3壱千円だしても日本食か・・・。
明日がはやいのと、今日は埼玉の準決勝試合が見たいので7時半には宿に戻る。フロントのソファーでダラダラ、多国籍な中、当然の予想通り、ブラジル勝ちということで、早々に寝る。

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2002年6月25日 (火)

2002.6.25 カーン様様

試合は夜8時半開始ってことで、ゆっくり観光と買い物。一応 朝飯とお土産買いにミョンドンへ、まずはスタバであっさりしたものを買い。次に、コスメ系を売っているボディショップみたいなところで、愛想の無いおねーさんからお土産用マニキュアを買う。で、タクシーでソウルタワーへ移動。タクシーは山を登り、駐車場を抜け山頂近くまで。予報では雨でしたが、今日は晴天。遠足の園児が多い。タワーに登り、ソウルWCスタジアムをチェック。あとでインフォメーションにて聞くと、ミョンドンからは、ケーブルカーの駅まで歩ける。ぇ、マジですか。Soultower1 必要が無かったタクシーに乗ったのね。ケーブルカーで下り、もう一度ミョンドン。本屋の場所を聞き、めあてを探すも無し。とりあえず、Kリーグガイド・ペーパークラフト買って一度宿舎へ。もう韓国の試合見たくない同宿の人が、スタジアム前7万円にて売却したらしい。5月末からいれば、見たくない試合もあり、こんな風になる。こっちも韓国は2試合目であり、気が進まないものの、そろそろ出かける諸外国人に混ざり、地下鉄へ。


おぉー、指から血が出ているのですが?

スタジアム現地では、チケットダフ屋 プチダフ屋が乱立。韓国人以外はやっぱり、どうでもよくなったのか日本で託されたのか、日本人も多く。曰く、定価の2倍 (約6万円) くらいで売りたい人が多い。アトラクションはスポーンサー各社様ともに他会場と変らず、つまらん。場外を1週すると即スタジアムへ入る。

6時過ぎ、すでに“韓国勝つぞ”ムードのなか、韓国内では有名な歌手?のコンサート開始。で、販売ブースにて、『コーラと激まずいハンバーガー』をオーダー、韓国の皆様 列作って並べって!並んで頂戴!
で、オーダー後 ブースの台のつなぎ目でなんと指が切れました。
大理石みたいな板がアルミ合金?ステンレス?でつなぎ止められているのですが、その角が丸まってないらしく、「おいおぃ。」だらだらと出血する左薬指に吸い付き、なめます。
入口のボランティアのねえちゃんに、「ファーストエイドを探している」と告げると、販売ブース横の扉が開き、韓国人のお医者さん登場。手当てのときフルネームで名前チェックされ、これで公式に負傷者リスト入りです。
これで、FIFA? KAWOC?に名が残るなぁ、と思っていました。でも、よーく考えてみると、なんで台と台のつなぎ目の部品で手が切れるんだよ。突貫工事なのか?韓国の人の指は皮が厚いのか?いいかげんなのか?


German_korea1 試合開始 また韓国が勝つのか?なんてよけいなことは思えないほど集中。
さすがに超満員。試合開始後はあっという間に前半終了。カーンがいると点が入りません。どっちもですが。後半30分を過ぎ、そろそろ今日も延長かなと思った瞬間、シーンと静まりました。
「ぇ、はいった?」ドイツのプレイヤーが喜んでいるのはほっといて、反対サイドなのでまずは副審を見て、次に主審を見ると、「ぁああ入った!!」この瞬間は周りの韓国人にかまわず、大喜び。前の列斜めのドイツユニお兄さんと握手、握手。あとは手元の時計と睨めっこしました。(90分以後は、日本の国立競技場とかは表示数字が消えるのですが、韓国では"90"がつきっぱなしでした。)
結構 長めのロスタイム(と、感じた)後、終了。また、ちょっと静かになりました。込む前にドイツユニを脱いで席を脱出、出る前にボランティアのおじさんにウェア代えてくれと交換したが、息子にあげるからダメと言われ退却優先で撤退。一度、空いている下り線に乗り、次の駅で上り線に乗り換え座り、一路 繁華街ミョンドンへ。

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やっぱ、日本人はカレーでしょ。
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すでに11時を過ぎ、繁華街のファーストフードも閉まり始めています。空腹感を満たしかつ、味のマッチするもの・・・。で、24時間営業コンビニ『ミニストップ』へ。結構 韓国人10代が多い。イートインは占拠されているし、ゴミ箱は溢れています。彼らは主にカップラーメン食っています。こっちは、レンジで2分のカレーとビールを買い、店の外で座り食い。スタバ,バーガーキング、マックと経費削減と慣れた味に頼っておりましたが、今日は豪華にカレー、なつかしい。
最終日はロッテホテルとか高いところで、日本食を食うぞと意気込む。宿で当日券が無かった人に聞くと、堂々と●料観戦。入れました、と。今回 チケットってなんだろうとの思いが。韓国と日本って基本スタンスが違うよなぁ。「テロ対策第一、チケット当日券あり、名前チェックする気なし。」
なんとなく、カーンの美技に満足して睡眠。

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2002年6月24日 (月)

2002.6.24 やっぱ“サウナ”でしょ。

やることないので、まずはブランドアウトレットがあるという駅に地下鉄で移動、既に、午前10時にも関わらず、平日・雨天のせいか人がいない。マックも、開店時間すぎているが、客一人もいないからか、オープンしていません。結構 アバウト・怠慢です韓国人。アウトレットとは言うものの、品揃えはあんまり良くありません(本来 当然ですが)。明日に備え、アディダス ドイツユニ系の安いウェアを500ウォンまけさせて、ゲット。ソウル駅前 オフィシャルショップ近辺にダフ屋がいると言う情報があり、価格を探りに移動してみるものの、雨のせいか、そんなそぶりの人いません。

再度 東大門市場に移動し、お土産チェックして今日はおしまい。と、思ったけど、ふくらはぎが痛いし、最近肩こりがひどい。ちょっと気分転換にサウナをインフォメーションで聞き出し、行ってみました。Mcdnalds1
日本人率0%、あかすり.マッサージつきで4千円、入湯料450円の地元ビル12階のサウナ。綺麗なおねーちゃんはいません。風呂に1時間半、『全州 石焼ピピンバ』食って、すっきりして帰り、久々にバク睡。
ただ、宿には準決勝&3決観戦てな日本人が加わり、さらに日本人率高まります。

今回の宿 値段はお得かもしれませんが、テレビの映りが悪くて困りました。

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2002年6月23日 (日)

2002.6.23 クワンジュ>ソウル 飛行機で移動

今日も朝早く起きまして、クワンジュ空港へ。こっちは25日準決勝まで、試合が無いことから今日の目標はトランジットとソウルの宿探しです。弟・友人君は今日日本へ戻ります。彼らは今日中に帰るから、当然 エアーチケットは確保済み。こっちは、準決勝までどうでもいいのでこの旅行中唯一 移動チケット確保しておりません。空港まで行けばなんとかと思い、アシアナ航空と大韓航空の窓口のおねえさんに片言英語で交渉です。 Airport_kwanjyu1_1  が、「ありません。大韓航空のみ午後の便なら空きあり。」との返事。しょうがないので、キャンセル待ちのリスト各便にひたすら名前を書き込み、空港内の無料PCにてメールチェック開始(韓国はどこでも無料PCあるなぁ。成田もヤフーが有ったし)。しばし待ってもキャンセル待ちの呼び出しが始まらない?まあ、リストも後ろのほうだしなぁ。と納得していました。そんなこんなで、2人はお世話になりました、とバイバイ。
「こんなド田舎の空港にあと半日はつらい。タクシーで一旦 クワンジュ駅まで帰り、国鉄でソウル?」といろいろ考えます。

アシアナの搭乗案内のアナウンスが始まり、目の前の大韓航空カウンターでは2~3人の人が集まっています。どうやら空席分のチケット発券しているようで、「そうか、呼び出しって無いのですか、この国は、ったく。」急いでソファーまで荷物を取りに戻り、大韓航空のキャンセル待ち列の背後に回り『キャンセル待ち表のナンバー』を連呼!する。隣のエクアドル人は「今日中にヨーロッパへ帰るから絶対の乗せろ!」といって、出発5分前のアシアナに搭乗。後に気づくのですが、この国 行列を作りません。主張したもの勝ちです。そんな争いに気づかないリストに記入だけした日本人・西洋人の皆様は2階ソファーで仮眠しています(合掌)。発券時 搭乗締め切りまで後5分しかないので、慌てて搭乗口のおじさんにチケット見せ、急いでセキュリティを通過し、機内へ(でも一箇所はビジネス席専用のようで止められた)。席を見つけ、荷物を入れようとすると、ちょっといやな親父(英字新聞を読んでいたんで、日本人か韓国人か不明)が先に自分の上のボックスに入りきらない荷物入れていた。「何だコリャ」と思いながら、リュック詰め込みましたが、蓋が閉まりません。こうなりゃ乗務員に任せることにし、蓋せずして席に着席。
親父荷物4つくらい有ったようで、よくみると不機嫌な顔。でも、いやな顔されようが、知りません。窓から見ると、5分前のアシアナが上昇中。ソウルでも遭えるかな。
※ちなみにクワンジュ=光州、光州暴動があった地です。ほんとは歴史的場所を観光と行きたかったのですが。


ソウル金哺空港で宿を探す。

久しぶりの金哺空港は相変わらず、警官と軍人でいっぱい。ソウル市内の宿を確保するべくインフォメーションへ。日本語のできる親父さんと話、学生街の“新村”がいいのではないか?と推薦。
いけばたくさん安いのがあると。現地交渉は面倒なので、隣の無料PCにて検索。
ネットで見つけた安宿 4泊120,000ウォン 個室シャワー付き一泊3000円(日本円)です。一度 その場から携帯で直接電話したのですが、日本語・英語がだめ、通じない。HPは日本語あるのに、どうしてなんでしょう?早速 インフォまで戻り ボランティアの親父さんを使い再度電話、無事 韓国語にて予約を取りました。電話で弟を呼び出すも、追い付けそうも無いので諦め、おちついたところで、スターバックスにて食事。つたない英語で韓国の人々と会話。後日 デジカメ映像送ることとなりました。
そういえば、国内線って飲み物しか出なかった。あんなに朝早かった便なのに。水平飛行なんて20分以下、6千円だし、しょうがないか?こんなにのるならマイレージ貯めれば良かったと、後悔。実はマイレージカード作ったのですが、日本に忘れてきました。
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ところで、トイレは高級なところ以外は
紙を流してはなりません。
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汚物入れみたいな箱にいれます。そういえば、流れが悪かったような・・・・。 Soul_nandaimon1_2  こめんなさい。流していました。今までの宿。つまったらごめんです。同宿の日本人と地下鉄で衣料品・雑貨品の南大門市場に出かけ、屋台で食事、約1000円。偽レプリカシャツ・ポーチバッグなどを探すも適当なものなし、彼曰くボランティアのウェアと試合後交換するためらしい。既にウェアや帽子はゲット済み。いいなーぁ。もらったソウルのガイドマップで探し、東大門市場に移動。とりあえず、宿代払って、すっかり文無し、?万円をウォンに交換。ここはスタジアム・野球場の建物下層にスポーツ用品店がうじゃうじゃあります。
地下道には偽物がたくさん。アディダス胸についていても本物ではない、ドイツレプリカ2000円(一枚)など。しかし、探していたKリーグの商品もありません。イテウォンに移動し、店見るもたいしたものが無い。本格的に雨が降り出しました。日本は梅雨真っ最中でしょうが、こっちきてから降ってなかったので、感想気味の大地には良さそう。
たまにはと思ってイタリア風レストランにてカルボナーラをオーダーするも茹で過ぎ、まずい。紅茶を頼むとリプトンのティーバックでした。雨は降るし、ひさしぶりに一人になった悲哀を感じます。
次の試合まで「どーすっかなぁー?」と、かなり悩んでました、このときは。

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2002年6月22日 (土)

2002.6.22 ウルサン>クワンジュ バスで移動

翌日、5時起床、5時半にタクシーでテワロータリーの河川敷へ、日本人約100人集合。
(朝 タクシーを呼んでおいて欲しい、とラブホのお姉さんに片言英語で前日頼んでおいたら、ちゃんとタクシーが来ていました。ほんと良くやってくれると感心。)Bus1_1  この移動は、ネットで参加者を募っていたチャーターバスに乗ることにしたため、異常に早い集合時間です。当然 朝飯食っていませんから、近くのファミリーマートで食い物確保。本当は ウルサン>クワンジュの航空機があればいいのですが、そのような設定はありません。高速バスの本数も2時間に1本程度 非常に少ないため現地日本人がセッティングしてくれました。プサンにいる同様のはしご観戦組みを拾いクワンジュへ(カンジュともいう)。バスのサスがわるいのか高速道路の舗装が悪いのか良くわかりませんが、韓国のバスはよく揺れます。でも、昨日の試合終了が遅く、今日の集合が早いためか、みんな速攻で寝ています…。当然か。

『クワンジュ高速バスターミナル』前で下車し、名古屋市内の某強大道路のような交差点・道路の真中のインフォメーションで聞き、宿を確保しました。またまた、今日も男3人でラブホです。普通のホテルに空きは有りません。こんな田舎にあるホテルはオフィシャルで埋まります。
また、韓国戦がある今日は商売にならないのかクワンジュの新世界百貨店はお休みでした。スタジアムは赤一色、立地は多摩ニュータウンに巨大スタジアム出現っていうのが一番あっている気がしました。周りはマンション(アパート)だらけです。試合が覗けるぞベランダからは・・・。

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韓国対スペイン 準々決勝について
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試合は当然、スペインが勝つものと思いましたが、ラウルが出ていないし、結果はご存知の通り。

感想)
1.右サイドバック#5“プジョル”が粘っています。スペインにもあんなDFいるのですか。
2.PK4人目の韓国GKは、打つ前にラインから動いています。
3.なんと言っても延長のセンターリング→モリエンテスのヘッドはゴールです、エンドライン超えていません。
4.結果 勝った韓国とトルコに負けた日本の差を感じ、2006年アジア予選もやばいなー、とシミジミ。

偏見かもしれませんが、恐るべき政治力って感じました。 Spain_korea1_1
ぁ、クワンジュは『金大中 大統領』の地元です。彼が観戦すると負けないジンクスがあるそうです。
試合前に場内画面に大統領大写しでした。昨日はウルサン=チョ・モン・ジュンに今日はクワンジュ=キム・デジュン、すごい面子。試合後 腹が減ったので宿周りで食い物屋を探すが良くわからず、20分ほど交差点を行ったり来たり、スウォン系焼肉屋を発見。今回 食べた中で一番安くておいしい焼肉でした。でも、焼肉食うと口の中が圧倒的に大蒜臭いです。今日は晩飯食えました。「良かった、今日は昼の試合で。」
韓国がかったことで、焼肉屋でも、TVでもさらに盛り上がる街角でした。本当に、くやしいは・・・・

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2002年6月21日 (金)

2002.6.21 ソウル>ウルサン 緊張の韓国国内移動

「飛行機はよくわからん。どうすればいいんじゃい。」同宿の人はバス・鉄道で移動、当然こっちも目が覚めるのも早く、早々にキンポ空港に移動しました。宿の周り、コンビニで英字新聞探しましたが、売っていません。ガソリンスタンドの兄ちゃん探してくれましたが・・・。ウーーーン親切、韓国人、でも英字新聞なかったけど。
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テロ警戒で、ギンポ空港施設入口には警官・軍人が立ち会い、ボディチェックです。なかにはいれましたが、大韓航空 窓口の兄ちゃん、英語しゃべれません。数字の筆談で便を変更し、10時初の午前便を確保、大きなリュックを背負っていたので(最悪 野宿も想定し寝袋付き)、バッゲージを預けたかったのですが、国内便は持ち込みOKとカウンターのおねえさんが言うので搭乗。一路ウルサンへ移動。(航空機内で)「たしかに荷物入ったわ、他の人は手荷物小さくてあんまり荷物入れないし。日本国内でも飛行機乗らないひとなんで、許して・・・。」

名刺には“ラブストーリーホテル”ってカタカナ

「宿を確保、ハングルは読めんが、名刺には“ラブストーリーホテル”ってカタカナが書いてある」
ウルサンは韓国財閥ヒュンダイ(FIFA副理事 チョ・モン・ジュン)のお膝元、日本でいうとトヨタ自動車、愛知県豊田市って感じです。臨海都市なので、飛行機の窓から見る日本海?綺麗でした。でも滑走路が短いのか、急ブレーキ Gを感じます。ボーイングじゃなくて、エアバス300だからか?パイロットが下手なのか?満席でもないのに・・・。空港につくと、同様に宿の無い日本人多し。田舎過ぎてホテルが少ないのでしょうが無い感じ。ボランティアおばさんの怪しげな日本語で会話し、宿を確保 駅前のラブホでした・・・。ちなみに次のクワンジュ(光州)では、ホテルって日本的にはいうのでしょうが、“モテル”って発声しないと通じなかったです。
でも、空港のおばさん、同じ宿紹介しすぎ?て駅前のラブホ到着時にはオーバーブッキング。おいおい、前途多難。言葉が通じないおばさんとまずは無料通訳電話(携帯電話にて各言語別にボランティア)にて会話を成立させる。携帯電話は東京のNTTドコモでレンタルしました。
おばさんが、「暑いねっ(多分そういっている)」とポカリスウェットくれました、でも私 代金渡さなかった。かわりに1件目のラブホのフロントに2リッターのミネラルウォーター置き去り、おあいこってことで許して。(日本人からみると、韓国は湿度がやや低く、暑いに入らんし、だいたいエアコンつけすぎだ。) Ulusan1_2
おじさんの紹介で隣の宿へ移動。今日から合流の3人分の寝床を確保し安堵、とりあえず外出する。中心地にあるロッテ百貨店にて昼食。迷ったものの、当日夜の試合が終わったときにまともなもの食える保証はないと考え、カルビ焼肉定食
ロッテからの帰りがけに前日の宿で一緒だったアメリカ人サポーターに会う、ロッテ近くで該当TV観戦を誘われるが、こっちは疲れたので、部屋へ戻ると告げ、 昼寝しながら静岡のイングランドVSブラジル戦を観戦。
ちょっと寝るという贅沢な気分(この宿では日本のBS・地上波TVが写る、ダイエー?だったかな?プロ野球中継、距離を実感)終了後 午後6時 ウルサン駅(徒歩2分)まで出て、シャトルバスに乗りました。

ドイツV.S.アメリカ 準々決勝です。
(ウルサンムンスWCスタジアム:ビッククラウンだそうだ。そういえば王冠形)韓国内は聞いていた通り、にわかダフ屋が多いです。はては、当日埋まらないと見ると小中学生を無料招待(学徒動員?)、きっと外のおじさん・おばさんたちは子供のチケット売っていたのです(まったくの推定)。1席300USドル出したこっちの立場がありません。スタジアムで名古屋から当日参戦の弟と弟友人と合流し観戦。
で、ドイツVSアメリカ戦ですが。
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韓国の皆さん 試合見ましょう!!!
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韓国人はほとんど他国の試合を見る気はない、“暇なので”彼らはウェーブを始めていました。 すると、ドイツに得点が入ります。ウェーブにお付き合い前の日本人「ぇ、俺見てねーよ!」(笑)本日の得点シーンはこれにて終了。やや、見にくかったものの、付き合わず、ボールとゴールを見ていたことに優越感を覚えながら、今日の試合はおしまい。

感想)
1.予想通り退屈な展開、運動量でアメリカ押し切れず。ドイツ カーンに気合負け。
2.アメリカって、U.S.Aの連呼しかないのか?歌えよ、アイルランドみたいに(無責任)。
3.チケットチェックゆるすぎ、試合見ている警官・ボランティア多すぎ。


実際 写真は勝手に入ってフロントロー、一番前で撮りました。 Usa_german1_1
日本の『シミズスポーツ』のすばらしい警備と比較するとなんとゆるいことか。スタジアムからの帰り、バス停の場所に迷い、出口を迷い、インフォで確認。結局バスを降りた場所が、帰りのバス乗り場でした。それも、6~7箇所に行くバスの内 混雑は駅まで戻る日本人系外人軍団の一路線のみ。自分が対抗車線でタクシー探しながら、弟たちは列に並んでいるという分担作戦でしたが、しばらくすると全てを駅に変更するとの電話(携帯持っていてよかった)があり、結局バスに乗れました。
宿に戻った後、明日の朝の河川敷までの移動と駅前ホテルの立地条件から晩飯抜きが決定。
シャワー浴びて、就寝することほぼ午前2時。かわいそうな弟友人は、うまいものも食えず“ポテチ”と水で空腹を満たし、寝る。

※韓国のタクシーは足元見ます、優等(上級)タクシーは大丈夫ですが、この日のタクシーはプサンとか遠距離お客優先で、乗車拒否だった。※翌日 洗濯しなきゃと思って、濯いだタオルを壁で干していたのを見事忘れたこと後で気づきました。

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2002年6月20日 (木)

2002.6.20 成田>ソウル 今日 宿 どうする?

Dscn00011_2海外に行くなんて、ほぼ8年ぶり、
新婚旅行以来行っていません。
成田までは贅沢にスカイライナーで移動、空港にて韓国での携帯電話を受け取り、何事も無く仁川(インチョン)空港へ。
インチョンのインフォメーションで、英語のボランティアと話し、彼女の勧める「ゲストハウス」を確保し、先読み情報どおり、リムジンバスでギンポ(金哺)空港+地下鉄で移動。
宿では、すでに午後に7時を過ぎていたが、食うものを食っていないから腹がへっています。日本より日が落ちるのが気分的にか遅く、時差がないので午後8時でも夕方6時の感覚。夕飯は歩いて20分ほどの大学前の繁華街で、「鶏肉・春雨などをすき焼のタレみたいなもので煮詰めた」料理で済ますが、1人前でも完食はできません、量多すぎです。
宿には、アフリカ・アメリカ・日本人とさまざま、アメリカ人は明日ウルサンへバスで移動するとのこと。
日本の会場は行っていませんが、空港ボランティアスタッフのレベルはかなり高い。当然 おばあさん・おじいさんスタッフは日本語上手。20世紀の遺産、歴史を感じます・・・。

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2002年5月 5日 (日)

さかのぼること 2002年5月5日でした。

始まりは ネットで fifatickets/willcall/Sales にてソウル準決勝チケットを取った(とってしまった)ことに始まります。その後、いくなら土・日の試合も見ようと欲が出て、ウルサンの準々決勝、クワンジュの準々決勝まで購入。いろいろ懸賞に応募したけど、当然抽選申し込みもしたけど、日本開催地チケットが当たらない・買えない状況に、当時 会社が休めるかはどうでも良くなっていた、ほぼヤケぎみ。

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