2004年6月 9日 (水)

2004.06.09 WC2006予選 日本 ○7-0×インド

時代は変わった、A代表って、こんなもんかい。

初めてJFAの登録をして、見事 カテ4をゲット。最近はe+の先行でも外れていただけにちょっとだけ気分が良いですね。 エスパは興味なしだけど日本代表はOKという、ブランド志向な息子君と出かけました。いつもなら、2人で自転車コギコギでかけるのですが、 平日の夜しかも雨季に入り始めているということで、急遽 自動車です。
過去 自動車で出かけたことは無いですが、民間駐車場を開店していそうな箇所は目星が着いてまして、 開始2時間前には駅裏側に止めることができました。しかし、民間に2千円/1回は?ですね、 領収書作ってなかったけどちゃんと納税してよねおじさん、でないと埼玉県に・・・・、っと。

今日のポイントはヒデ抜きでどうするのか?オマーンのように大量得点・点差をつけることができるか?と思ってましたが、 最近のヨーロッパ遠征に続き、好調のようです。違いは、楢崎と稲本が出れないこと。

試合開始前は、久しぶりの川口GK先発にホーム側は盛り上がります。周りはとみると、一応 指定席のため大人しめ。でも、 フランスの予選に比べると当たり前だか若い~中年系の女性客が多いのと、自分と同じ、子連れが多い。国立霞ヶ丘の時代からは変わりました。

前半はいきなり、インドのミドルシュート、川口がジャンプ、スゥェーでコーナーに逃げて、 インドの攻撃終了。その後 若干の歯ごたえは魅せたものの、 サントスからのループ気味のセンターリングにドラゴンくぼが反応し、適当なダイレクトシュート、ゴールで1-0。前半12分とか・・・・。 まぁ、これで落ち着いてしまって、ヨシヨシかな日本てきには。

なんといっても、後半4-0とした時には、本当に追いかける気力が潰えたという感じで、インドの動きがさらに悪くなって、 試合が一気につまらなくなりました。ホント、日本を応援しているのか、負けろぉーーと言っているのか、 今の自分は観戦しててもわからないのですが、女性と子供が喜ぶような日本の点取り練習が始まりまして(そのわりには効率悪かったけど)、 今日の見どころはいつ3枚・誰を使うのか?に移っていきました。
宮本ツネが外れた時点で、「ジーコは2バックでさらに点獲るんだ(当たり前だ、今後の得失差があるし)」、「久保も交代か (どうせひざの調子は悪いのを無理したなぁとか)」、「トシヤが出てきたときは結局 コウユウSUB扱いなのね(一生懸命動いているのに、 やっぱ3番手か)」、と。
サブメンバーもそれなりに必死にやっているけど、一番 不安なのはヒデがいないとどうなるのかなぁに対して、 今回はシンジがアピールしたけど、チームを統括できるまでには至ってないこと。試合後のTVのインタビューを見ても、ヒデさま扱いだし・・・ 。ゲームはシンジが動かしているんだけど、謙虚すぎ。
ヒデが戻ってきたら、またシンジはダンマリ軍団になってしまうのでしょうか?

選手に闘志はあるんだけどね、会場の雰囲気が弱い・ゆるいかなっと。代表の人気が出すぎて応援する側より見物客が多いよね、やっぱ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月18日 (木)

2004.03.18 U-23 レバノン △1-1△ バーレーン 

結局3試合とも観戦してしまった。
(今回の写真がイマイチなのは、IXY400のバッテリーが逝ってしまい、SO505iでの撮影だからです、 申し訳ありませんが気分だけということでご了承願います。2004.3.21追記)

ぐずぐずしているうちに、日本対UAE(国立霞ヶ丘)はチケットが完売してしまい、今日はさっさと帰宅してTVと決めてました。
日曜日のサイスタで見たアラブっぽくないレバノンのちょっとヨーロッパっぽい、でもかなり3流な、渋いサッカーが見たくて (という理由ですが、実際はチケット無いので裏カードの会場というものを一度見たくて、が真実かも)西が丘へ三田線で移動。
7時20分過ぎまで仕事があり、三田線の最寄駅について「8分」の距離というガイドの言葉を信じひたすら出口から右手へと進みます。 いくつかのコンビニを越え、どこまでいくのかなぁと思っていると、明るい光が見えてきました。 スタジアムから漏れる光は周りの環境にまっちしてないのと、隣の建物からはまったく丸見えな潔い構造、これが西が丘か? と思いつつ当日券を買おうかとブースへと進みます。到着時は後半が開始直後とチケット半額セールを要求したいところですが、 親切にもチケ窓口の兄さんは、後半15分経つと入場無料ですよ、どうします?と教えてくれました。「これって、 国立霞ヶ丘も後半15分からはタダ?」との思いが一瞬巡りましたが、レバノンが呼んでいる(笑)し、 せっかく見に来ているのを会場目前で時間潰すことも無いし、こうゆう時に限って事件?は起こる直感がはたらき、 結構盛り上がっているようなので、結局 3千円の当日券を購入。
 メインスタンド側に席を確保し、スーツの下にナイロンジャケットを着込み着席も『寒すぎる。。。。。。』 先日サイスタで貰ったカイロをもってくれば良かった。ポケットに忍ばせたビスケットは寒さと飢えをしのぐためのもの、 あっという間に胃の中へと移動。時間優先とはいえコンビニ使わずはやっぱり失敗。そうこうしているうちに、なんとレバノンがミドルシュート、 ゴール、1-1の同点。ケチって外で15分待たずに良かった。。。。。と無駄金使ったのに妙に納得。 周りの観戦者がもつラジオと携帯テレビでは大久保のゴールで日本リードが伝わっており、ひとまず安心してトイレへ移動開始。
アウェイ側のゴール裏にある小さな売店ではお姉さんとおばさんが2人でせわしく働き、野郎と子供のカップラーメン需要に対応しております。 「サッポロカップスターとお湯1杯」250円(税込)、久しぶりの雨と寒さで、体が凍えてくる中、 空腹よりも寒さに耐えられず買ってしまいました、ウマいのか不味いのか関係なしです、この場合。
その後、アウェイ側ゴール裏に陣取り、カップラーメンをすすりながら(すぐ食べ終わったけど)、身体に暖を取り観戦しますが、 後半途中からは持ち直していた天気が悪くなってきており、雨もやや粒が目立ち始めます、本当に寒い。
試合は、引いて、引いて、のあと、ボールを奪取、その後、効果的な前3人(FW1+MF1+サイド1) での特攻をもくろむレバノンがペースを握る中。中盤でボールを奪取、 サイドバックを多用してとりあえず人数でゴールに突進するバーレーンが時折 攻勢をかけますが、最終エリアで仕事を許さないレバノン。 寒さで縮み始めている砂漠の民の動きを封じ、ドローで終了(レバノンって、不思議なことに乾燥しているけど、砂漠はないらしい)。
レバノンは残り15分くらいから、中盤より後ろはまったく攻撃に動かず(動けず)、 ハイボールの競り合いも周りは止まって見てましたし前線のフォローは最小人数、追加は入りません。バーレーンは必死に突っ込みをいれ、 サイドが上がり、ショートパス交換で崩すのですが、先日のどこかの国のように、センターリングはなんとか入れるものの、 フィニッシュがまったく決まりません、焦っているようにも感じられたし、後半のレバノン同点ゴールで気力が萎えたようにも感じました。
両チームの応援はメインスタンドの一部10人程度のバーレーンとバックスタンド中央に陣取る日本人サポーターを中心としたレバノン応援団。 時折、レバノンコールがバックスタンドから起こり、バーレーンの小さな集団応援を圧倒します。
西が丘はピッチとスタンドの近さはいまどきのスタジアムでは考えられません。が、日立柏と大宮サッカー場をミックスしたような、 音の聞こえる良い雰囲気のスタジアムでした。
今大会を通じて、レバノンは理由はどうアレ、こんなに応援してくれたのだから日本に好意を持っていただけたと思いますが、 バーレーンはどっかで復讐の対象に日本を選ぶこと間違いないです、アジアカップとかでまた対戦したりして。
とりあえず、日本に最悪となる場面は見ることはできなかった。うれしい気持ちとせっかく来たのに、 スリルが味わえなかった寂しさを感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月16日 (火)

2004.03.16 U-23 日本代表 ○2-1×レバノン

望みは叶う、 あとは気持ち次第。
当日券がでるのを知っていて、延長戦の業務終了後 電車で信濃町へ移動。すでに時計は19: 20を超過しており、試合開始中。歩道橋の上には偽ユニ売りが寂しくいるもののダフ屋さんはおりません。 寂しく神々しく光る国立霞ヶ丘スタジアムを目指し、絵画館の前を急ぎます。 いつもの信号前でダフ屋さんからは自由席3千円を打診されますが、ゆっくり、まったり観戦気分なので、 正式な窓口でカテ2の6千円を購入、バックスタンド上層に向かいます。
とりあえず、腹減ったので、ビールとサンドイッチを購入した瞬間、スタジアム内部からは大きな歓声。。。
#3#阿部ちゃんのFKゴールでした。廻りが喜び興奮する中、指定席を確認し、電光掲示板で先発陣を確認。
7=石川ナオ、大きいのは20=平山と解りましたが、またも14=前田がいるということは、トップ下は?とみると松井がいるし、 センター一枚減らしてでも早めに点とりたいという監督心理、伝わります。
さらに安心したい、2点目が欲しいという押せ押せのムードのなか、前半は進みます。
会社退出前にNETで確認すると、UAEが負けて、バーレーンが勝ってます。こりゃ、厳しいなぁ、と思いながら、急遽 観戦を決心し (心中 きっと悲劇の立会人になるかもという怖いもの見たさはありました)、電車に乗った訳ですが、周りは当日券 サラリーマンが多く、 比較的廻りの席はスカスカです。
眼下の1階は人があふれており、カテ5(自由席)あたりは最上部で立ち見しているのが見えます。 逆に最近 悪化した視力によりグランドの背番号はブレてよく分かりません。腹にものを入れて、あたりを見渡しながら、前半1-0で終了。。。 。
後半も、押し込んでいるが、調子のいい選手は少なく、結構バランス悪い。後半は有効な交代メンバーも少なく苦戦するかも、 という雑感が押し寄せる中、徐々に日本もペースが乱れ、キープ>つなぎが覚束なくなり、DFはときどき危険に晒されます。
バーレーン戦と同様 DFのミスがあり、同点ゴールを許すと、雰囲気はヤバめ。リスタートのボールセットするとき、前線のだれかが、 手をたたいて後ろのメンバーに叫んでいる。何とかなるかな?という楽観的な気持ちはあったのですが、 出足の悪くなり始めている日本メンバーの様子を加味して、同点での試合終了を予測しておりました。
田中タツヤが交代で入ってすぐに大久保の勝ち越しゴールが生まれ、スタジアム内には歓喜と安堵が生まれたものの、DFは緩いままで、 たどたどしいクリアや繋ぎのパスの綻びが発生する中、なんとか 逃げ切りに成功。
大久保の意地のゴールで逃げ切ったものの、 判定もおかしいところはあるのを差っ引いてもこの2戦で急激に日本のイエローカードは増えているのは疲れでしょうか。
できれば、3-1で終わって得失差を広げたかった。なにせ、バーレーンには勝ててない、1引き分け1敗ですからちょっと負い目が残る。
今日 バーレーンが勝ったことでUAEのモチベーションはさらに低下する。西ヶ丘でのレバノン次第ではあるが、 UAEにも確率は低いものの勝ち残る可能性は極僅かあり、木曜日はUAEとしては、意地でも大量点が欲しいことを考えると、 先取点の時間が勝負を分けると思う。
日本は、ここまできたら勝つしかないのは当然、でも西ヶ丘の動向も見ながら、ゆっくりと攻めるべきではないか。
そんなことをいろいろ考えながらも、とりあえず安堵の雰囲気の中、家路へと足を進めるが、U-23の選手とベンチは、 この最終戦の緊張感をいかに解きほぐして、いかに普通に試合をするかが大事だと思うし、分かれ目になる気がする。
 木曜日 霞ヶ丘でのチケットはないから、西ヶ丘でのバーレン対レバノン、贔屓目にみても引き分けてくれれば、つまり、 またもやレバノンを応援することが実は手っ取り早い日本の勝ち残り戦術です、では西が丘に行きましょうか?  (平山はイエロー2枚目ではないことから、3月17日一部文章を訂正しました)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月14日 (日)

2004.03.14 U-23 日本代表 ×0-1○ バーレーン

浮かれているうちに追いつかれた、というか抜かれた。
自転車2台を車に乗せて、さいたまスタジアムへ一路向かう。 UAEラウンドで見せた山本監督の涙がいまだに気にかかるが、まぁ、 1-0か0-0で終わるのかなと思いながらスタジアムへ向かう。 いつの間にか完成したサブグランドを横目にホーム側カテ4にて観戦開始。
第1試合は南側のアウェイゴール裏からレバノンコールが時折起こる中、フリーキックが決まりUAEは先制されてやや浮き足立つ。 バルコニー席からのコールに促され、次々と日本サポーターから最下位レバノンに向けコールが繰り返される。 無論 最大の敵は勝ち点6のUAEだったが、セットプレイから2-0となったときは、こりゃ第2試合は楽だな、 と気分がやや浮き足立ってました。その後 1-2となったときは逃げ切れないかな、アクロなシュートで2-2となったときには、 何とかこのまま逃げ切ってくれとおもいながら、「けんちんうどん」をすすってました。結果 乱闘騒ぎの中 試合は無事終了。 若干 うつ伏すUAEプレイヤーもおり、勝ち点足りないヤバさがありありのUAEチーム、これで日本有利と思ってました。
第1試合の結果に会場内の日本サポーターがにやけるなか、第2試合の練習開始時、試合開始前のころだったかいつだった忘れたが、 バーレーンのプレイヤーはなんと、アウェイ側を中心に客席にプレゼント(応援用のシャツかぬいぐるみか?なんか)を投げこんでまして、 それを見るに、「さすがオイルダラー系王国、金余っているなぁ」、「そんなもんで買収されんで、とっと捨てんかい!」とおもいましたが、 投げ返すやつ(日本人)はおりません、見事 日本サポの買収完了ということでした。

試合は、中盤で前田先発、いきなりFW高松、と聞いた瞬間にヤバいと思い、やっぱりうまくいかない前線陣。 高松は今大会では鬱憤を晴らすストレス必須、後半45分使用でこそ生きるし、ギャンブルするなら先発で大久保と思ってました。 石川が練習しても左は根本だったし、監督どっかずれてない?と思うことしきり。体調悪いなら、追加で呼んだやつ使えよ、とも思う。
決定的なのは諦めの悪いバーレーンは日本を研究し相変わらず守りつくしてきたことです。トゥーリオが消えた後は、本当 昔のチーム、 一番初めにチーム立ち上げたときに感じた、大人しいというより、活気のない、陰気な、会話のなさそうな、 阿部ちゃんフリーキック頼みのチームに早戻り。茂庭もA代表経験者とは思えないクリアミス・パスミス・アンラッキーぶりも発揮。 ベンチワークもプレイヤーも昔に戻ったことで、やっぱり本質(母体となっている世代の力量)は変化なしということが分かりました。 ここで大久保君が魅せれば、一躍ヒーロに戻れるし、ダメなら前園以下が立証されるのではないか。次節のレバノン戦が見もの。
そんなことより、本当に勝ちたいのか?勝てないと諦めてないか?オリンピックよりワールドカップと知ったかぶってないか? 応援する側もいつの間にか若返っているけど、ブーイングだけが命ではない、応援がベンチを、プレイヤーを励ますことを忘れてません? 後ろのお姉さん、悲鳴を上げるなら、励ましてあげなょ、ホント。

※追伸 木曜日 西ヶ丘でのバーレーン対レバノン 意外と見る価値が出てきたりしてます。国立霞ヶ丘がだめそうなので、北区まで行こうかと。  

続きを読む "2004.03.14 U-23 日本代表 ×0-1○ バーレーン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年12月 7日 (日)

2003.12.7 東アジア選手権 日本○1-0香港

本当に寒い試合でした。
師走の慌しい中、入手できたチケットを持って、MTBに跨り、いざ北上。北風は非常に大きな抵抗となり、およそ50分くらいで現地到着。 ワールドカップの後もなかなか、定まらない周辺道路は、いつの間にか大きく蛇行し、一部歩道がない部分が露出するなど本当にひどい。 何の為の工事だかわからなくなってます。
メット片手に、自転車を縛りつけていざ入場。本当に少ない、、、、人気ないなぁっていうか、EURO系メンバーいないと本当に人が来ない、 代表ブームという言葉、決して本物志向ではないところが伺えます。
北側ゴール裏では韓国サポーターレッドデビルもどき(失礼)がコールするも、人数も少ない(中国よりは多いけど)からか迫力がありません。 そのうち第1試合の選手入場し練習開始。
アンジョンファン、ユサンチョル、キムドフン、チェヨンスと見慣れた顔が見えます。そういえば、 WC2002KJで見たGKイウンジェも懐かしいなぁ。寒空・寒風のなか、試合は始まり、なんだか面白くならないうちに終わった。
特に、後半は10対11の攻防のはずが何を勘違いしたのか眠かったのか何で韓国は押し込まれているんかいな、と思ってました。
両チームともまだまだチームの完成度は低く、特に韓国は3トップがグルグルとポジションを動くけど、落ち着きがなく攻めの形が決まらない。 あとは、前線がやや年寄りじみていて、驚きの動きを醸し出す選手はいないなぁ。ジョンファンも目立たないし、と思ってたら交代だし。
続いて、第2試合
ジーコジャパンもなんとなくアップが始まり、 FW久保が疲れか怪我かわからないが前半20分くらいでガス欠、 途中からうまく動けなくなると、点が入る気がしない。 トルシエのときとは違った意味で、 出ているメンツに危機感はなく(今日はいないけどナカタヒデを除く)、 EUROな彼らが来ればどうせ自分たちは出れないし(意地があるトシヤを除く)、サイドはあの2人で固定だし (特にアレックスのサイドバック)、と煮詰まってます。
イラついているのは大久保君ですが、どうみてもツキというか運がありません。ツキがないと、人生落ちるのは早いのですが、 監督が我慢しているから、まぁ、今しばらく大丈夫ですか(と思っていたらその後 横浜での韓国戦で10対11を演出してしまい、 早期 代表からご辞退を願う状況、でもU-23で決勝ゴールとったりすると、また日本人は勘違いするんだろうなぁ)。

サポーターの応援も、気合が抜けた、余裕とマッタリ感のある不連続な音が続き、アレックスの誘いに乗ったGKがPKで1点を献上し終了。 終盤 たたみかけるような攻撃ってできないんでしょうか?
なんか、予選の前の危機感ないですね、やっているほうも、応援するほうも、自動的にWC2006ドイツ大会には招待されないのに、 勝てるまたはアジア最終予選からでいいや、なのかなぁ、1998フランスの時のような高揚感はない、ジーコは我慢しているのだろうが、 いい加減 誰かひっぱたいてかないと、オマーンには負けるよ。日本人の自立的なプレーはまだまだ夢ですし、それを態度だけでなく、 現場で指導・説明できないという監督もまた問題ありかと。
勝てそう・・・・、というのは97年で学んだはずだか、覚えているのはおじさんだけなのか。意外とまた、岡ちゃんの出番がやってくるのか?
試合の内容は本当につまらなかったに尽きてしまう、いまのメンバーからしたら、日本でやる意味はない、 中国とかアウェイでやるべきだったかと。帰りのMTBは風も止み快適でしたが、寒いことに変わりは無かったです。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)