« 2004年1月 | トップページ | 2004年4月 »

2004年3月20日 (土)

2004.03.20 清水エスパルス ×1-2○ 鹿島アントラーズ

結果は出なかったが、どうなんでしょう?

土曜日は、ホーム開幕戦です。関東で働く日々ですが、金曜日に実家に移動、 土曜日ゆっくり起きる戦術を採用し、 終業後東京駅へ移動。金曜日の新幹線というえば、何時も込んでいる。 特に夕方から夜のやつは諸事情により帰宅を急ぐ出張サラリーマンとかでいっぱい。 いつもの事ながら東京駅についたときには指定席はもちろん品切れでしたが、春休みが始まったためか、 のぞみが増発されているからか、激混みではなく無事 席を確保しました。定刻にでた新幹線はあっという間に、品川駅にまた停車、 品川駅ができてからというものイマイチ加速感のない旅になった気がします。静岡まで1時間、眠気は抑えられず、 新横浜すぎたあたりから風景の記憶がない。
気がつけば、東静岡あたりで減速中。いつのまにか停車をしらせる音楽は”ピン・ポ・パー”からいい日旅たちの着メロになっていた (かえり(上り)はTOKIOだったけど)。いつもの静岡に帰ると「東京より暖かい」がこの季節セオリーだけど、 金曜日の夜はかなり冷え込んでいて、コートがないとやっていけない。在来線との乗り換えには15分ほど、 しばらく時間があるのでホームは避けたい。 帰りがけにいっぱいやっているオヤジたちがいなければキオスクのとなりでおでんでも食いたいところだが、我慢。 東海道線下り電車浜松行きに乗車、10時過ぎに帰宅?できた、風呂に入って寝る。。。今週は日・火・木と観戦中、3+6+3漱石で、 明日は2.7漱石、交通費を考えると自滅なので数えません。

土曜日  朝おきると静岡の空は雨模様。11時に出発し一路日本平へ。なんせ、今週は3試合 (4試合)も観戦しているので体がきつい、腰と足に疲れが来てます。遺跡通り沿いの民間パーキングに車をとめてスタジアムの坂を登ります。 今年の開幕は無事 引き分けたものの、メンバー構成と聞き伝えてもらう情報ではとっても期待できないようです。
相性いいからなんとか勝てるかなと思っていましたが、会場入りしアウェイ2階スタンド見ても鹿島サポも大して来てないし、 こりゃ今年のエスパルスはさらに安パイ、と鹿島サポには判断されているなぁと確信してしまいました。
メンバーに迫力がないと相手サポもきてくれないのですね。去年までであれば、この対戦カードは、1.4万人は稼げるとおもいましたが、 実際は1.2万人程度でしたから。

試合は、開始直後からの序盤アントラーズの攻勢、前半中ごろ、西部のスローから、 サイドへボールが渡り、アラウの初ゴールで、1-0と活気がでました。その後エスパルスペースでパスがつながり前半が終了。 特に西部は連携がまだまだ確立できてないなか、至近距離のシュートをストップさせる性能とキャッチ後のボールフィードがうまい (いままでのエスパGK比)。昨年まで試合に出てないGKという部分を加味すればかなりの戦力です。しかし、 後半 いきなり深井と西部が接触したあたりからおかしい感じになり、1点献上。これはDFのクリアが甘いことと、互いの連携、理解は低く、 DFとMFとサイドはボールウォッチャーが多すぎ、この連携が弱いことを突かれ、パスミスからゴール前混戦、シュート打たれて2-1。 同点になったころから徐々におかしい気はしていましたが、それまで出ていた指示声が弱くなり、チーム内の関係が希薄になって来ました。 これではで、試合が勝ちパターンになりません。沢登>康平へのチェンジも短い時間は盛り返す原動力となりましたが、すぐに抑えられ、 また攻撃は沈静化。
試合の中でよかった点は、元気出してほしいアラウージョが点を取ったこと。パスは去年までつながるし、 森岡のフィードを生かした最終ラインのボール廻しは3枚がワイドに開くことはできた。逆に、これは?と思ったのは、FWの運動量が低下し、 相手ボールを追えない(追わない)ところではラインが間延びして中盤が開くこと、ノボリもFWに近い位置取りを重視してしまい。 テルとファビーニョの前・後ろには広大なスペースが見事に開きます。 3列目からのフォローがないノボリは、 結構苦しんでましたが彼自身ボールキープができそうな競り合いの場面では、足先だけでボールを押さえようとしてしまい、 見事に囲まれるとカットされます。さらにサイドの太田は攻撃のときは玉離れがやや遅く、守備のときはMFにつくのか、 新井場に行くのかはっきりせず、テルが外へフォローを入れる。鹿島は手薄な中盤をさらに支配できるといったところで押されます。 このサイドは、声が出てないのもそうですが、味方同士でも同距離に落ちたボールはどちらがいくのかきまってないらしく、 2人で追いかけてみたり、どっちも行かなかったり連携が確立されていません。

来週の市原戦は夜の中継をみるかぎり、好調な滑り出し、 ナビスコとはいえさらに厳しい試金石となることは間違いありません。まだまだメンバー固定の時期ではないですが、 前3人と中盤センター2人との連携、サイドと前3人の連携がないと厳しいです。この日の結果はチームとしては痛いですが、 内容はまだ試行錯誤であり、煮詰めることはできそうなのでもう少し我慢です。

後は、チームの運営・営業が変わってほしい、もう少し期待していたのですが。。。。バスが東静岡駅からと増えたりするのはよいですが。 スポンサーが減ったというところを小額のスポンサーを増やすとか金以外のソフトのスポンサーを増やして欲しいです(やってんでしょうが)。
場内は、相変わらず音響はうるさいし、折角ゴール裏2階応援が盛り上がっているのに変なバックミュージックは不要ではないでしょうか。 そういえば、ゴール裏1階の裏側にあった中満さんのエスパルサブレブース無くなりました、ミスドに変更。
売っている売店の商品も変わり栄えしません。チケットの買いやすさは工夫しているのでしょうが、 会場にどれくらいのお金を落としていただくか?検討しているのでしょうか?今日は2時キックオフです、寒い中、暖かい物を売る、 弁当売るチャンスはもっとあったと思うけど。
喫煙コーナーもあやふやだし、子供のことを考えればもっと入場口・建物の外側とかエリアに作るとか灰皿おくだけではダメです。 アウェイに良く限り、他球団の運営が良いと思うことはいくつもあるし、エスパルスのほうが良いと思うこともありますが、 期待していただけに残念です。

続きを読む "2004.03.20 清水エスパルス ×1-2○ 鹿島アントラーズ "

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月18日 (木)

2004.03.18 U-23 レバノン △1-1△ バーレーン 

結局3試合とも観戦してしまった。
(今回の写真がイマイチなのは、IXY400のバッテリーが逝ってしまい、SO505iでの撮影だからです、 申し訳ありませんが気分だけということでご了承願います。2004.3.21追記)

ぐずぐずしているうちに、日本対UAE(国立霞ヶ丘)はチケットが完売してしまい、今日はさっさと帰宅してTVと決めてました。
日曜日のサイスタで見たアラブっぽくないレバノンのちょっとヨーロッパっぽい、でもかなり3流な、渋いサッカーが見たくて (という理由ですが、実際はチケット無いので裏カードの会場というものを一度見たくて、が真実かも)西が丘へ三田線で移動。
7時20分過ぎまで仕事があり、三田線の最寄駅について「8分」の距離というガイドの言葉を信じひたすら出口から右手へと進みます。 いくつかのコンビニを越え、どこまでいくのかなぁと思っていると、明るい光が見えてきました。 スタジアムから漏れる光は周りの環境にまっちしてないのと、隣の建物からはまったく丸見えな潔い構造、これが西が丘か? と思いつつ当日券を買おうかとブースへと進みます。到着時は後半が開始直後とチケット半額セールを要求したいところですが、 親切にもチケ窓口の兄さんは、後半15分経つと入場無料ですよ、どうします?と教えてくれました。「これって、 国立霞ヶ丘も後半15分からはタダ?」との思いが一瞬巡りましたが、レバノンが呼んでいる(笑)し、 せっかく見に来ているのを会場目前で時間潰すことも無いし、こうゆう時に限って事件?は起こる直感がはたらき、 結構盛り上がっているようなので、結局 3千円の当日券を購入。
 メインスタンド側に席を確保し、スーツの下にナイロンジャケットを着込み着席も『寒すぎる。。。。。。』 先日サイスタで貰ったカイロをもってくれば良かった。ポケットに忍ばせたビスケットは寒さと飢えをしのぐためのもの、 あっという間に胃の中へと移動。時間優先とはいえコンビニ使わずはやっぱり失敗。そうこうしているうちに、なんとレバノンがミドルシュート、 ゴール、1-1の同点。ケチって外で15分待たずに良かった。。。。。と無駄金使ったのに妙に納得。 周りの観戦者がもつラジオと携帯テレビでは大久保のゴールで日本リードが伝わっており、ひとまず安心してトイレへ移動開始。
アウェイ側のゴール裏にある小さな売店ではお姉さんとおばさんが2人でせわしく働き、野郎と子供のカップラーメン需要に対応しております。 「サッポロカップスターとお湯1杯」250円(税込)、久しぶりの雨と寒さで、体が凍えてくる中、 空腹よりも寒さに耐えられず買ってしまいました、ウマいのか不味いのか関係なしです、この場合。
その後、アウェイ側ゴール裏に陣取り、カップラーメンをすすりながら(すぐ食べ終わったけど)、身体に暖を取り観戦しますが、 後半途中からは持ち直していた天気が悪くなってきており、雨もやや粒が目立ち始めます、本当に寒い。
試合は、引いて、引いて、のあと、ボールを奪取、その後、効果的な前3人(FW1+MF1+サイド1) での特攻をもくろむレバノンがペースを握る中。中盤でボールを奪取、 サイドバックを多用してとりあえず人数でゴールに突進するバーレーンが時折 攻勢をかけますが、最終エリアで仕事を許さないレバノン。 寒さで縮み始めている砂漠の民の動きを封じ、ドローで終了(レバノンって、不思議なことに乾燥しているけど、砂漠はないらしい)。
レバノンは残り15分くらいから、中盤より後ろはまったく攻撃に動かず(動けず)、 ハイボールの競り合いも周りは止まって見てましたし前線のフォローは最小人数、追加は入りません。バーレーンは必死に突っ込みをいれ、 サイドが上がり、ショートパス交換で崩すのですが、先日のどこかの国のように、センターリングはなんとか入れるものの、 フィニッシュがまったく決まりません、焦っているようにも感じられたし、後半のレバノン同点ゴールで気力が萎えたようにも感じました。
両チームの応援はメインスタンドの一部10人程度のバーレーンとバックスタンド中央に陣取る日本人サポーターを中心としたレバノン応援団。 時折、レバノンコールがバックスタンドから起こり、バーレーンの小さな集団応援を圧倒します。
西が丘はピッチとスタンドの近さはいまどきのスタジアムでは考えられません。が、日立柏と大宮サッカー場をミックスしたような、 音の聞こえる良い雰囲気のスタジアムでした。
今大会を通じて、レバノンは理由はどうアレ、こんなに応援してくれたのだから日本に好意を持っていただけたと思いますが、 バーレーンはどっかで復讐の対象に日本を選ぶこと間違いないです、アジアカップとかでまた対戦したりして。
とりあえず、日本に最悪となる場面は見ることはできなかった。うれしい気持ちとせっかく来たのに、 スリルが味わえなかった寂しさを感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月16日 (火)

2004.03.16 U-23 日本代表 ○2-1×レバノン

望みは叶う、 あとは気持ち次第。
当日券がでるのを知っていて、延長戦の業務終了後 電車で信濃町へ移動。すでに時計は19: 20を超過しており、試合開始中。歩道橋の上には偽ユニ売りが寂しくいるもののダフ屋さんはおりません。 寂しく神々しく光る国立霞ヶ丘スタジアムを目指し、絵画館の前を急ぎます。 いつもの信号前でダフ屋さんからは自由席3千円を打診されますが、ゆっくり、まったり観戦気分なので、 正式な窓口でカテ2の6千円を購入、バックスタンド上層に向かいます。
とりあえず、腹減ったので、ビールとサンドイッチを購入した瞬間、スタジアム内部からは大きな歓声。。。
#3#阿部ちゃんのFKゴールでした。廻りが喜び興奮する中、指定席を確認し、電光掲示板で先発陣を確認。
7=石川ナオ、大きいのは20=平山と解りましたが、またも14=前田がいるということは、トップ下は?とみると松井がいるし、 センター一枚減らしてでも早めに点とりたいという監督心理、伝わります。
さらに安心したい、2点目が欲しいという押せ押せのムードのなか、前半は進みます。
会社退出前にNETで確認すると、UAEが負けて、バーレーンが勝ってます。こりゃ、厳しいなぁ、と思いながら、急遽 観戦を決心し (心中 きっと悲劇の立会人になるかもという怖いもの見たさはありました)、電車に乗った訳ですが、周りは当日券 サラリーマンが多く、 比較的廻りの席はスカスカです。
眼下の1階は人があふれており、カテ5(自由席)あたりは最上部で立ち見しているのが見えます。 逆に最近 悪化した視力によりグランドの背番号はブレてよく分かりません。腹にものを入れて、あたりを見渡しながら、前半1-0で終了。。。 。
後半も、押し込んでいるが、調子のいい選手は少なく、結構バランス悪い。後半は有効な交代メンバーも少なく苦戦するかも、 という雑感が押し寄せる中、徐々に日本もペースが乱れ、キープ>つなぎが覚束なくなり、DFはときどき危険に晒されます。
バーレーン戦と同様 DFのミスがあり、同点ゴールを許すと、雰囲気はヤバめ。リスタートのボールセットするとき、前線のだれかが、 手をたたいて後ろのメンバーに叫んでいる。何とかなるかな?という楽観的な気持ちはあったのですが、 出足の悪くなり始めている日本メンバーの様子を加味して、同点での試合終了を予測しておりました。
田中タツヤが交代で入ってすぐに大久保の勝ち越しゴールが生まれ、スタジアム内には歓喜と安堵が生まれたものの、DFは緩いままで、 たどたどしいクリアや繋ぎのパスの綻びが発生する中、なんとか 逃げ切りに成功。
大久保の意地のゴールで逃げ切ったものの、 判定もおかしいところはあるのを差っ引いてもこの2戦で急激に日本のイエローカードは増えているのは疲れでしょうか。
できれば、3-1で終わって得失差を広げたかった。なにせ、バーレーンには勝ててない、1引き分け1敗ですからちょっと負い目が残る。
今日 バーレーンが勝ったことでUAEのモチベーションはさらに低下する。西ヶ丘でのレバノン次第ではあるが、 UAEにも確率は低いものの勝ち残る可能性は極僅かあり、木曜日はUAEとしては、意地でも大量点が欲しいことを考えると、 先取点の時間が勝負を分けると思う。
日本は、ここまできたら勝つしかないのは当然、でも西ヶ丘の動向も見ながら、ゆっくりと攻めるべきではないか。
そんなことをいろいろ考えながらも、とりあえず安堵の雰囲気の中、家路へと足を進めるが、U-23の選手とベンチは、 この最終戦の緊張感をいかに解きほぐして、いかに普通に試合をするかが大事だと思うし、分かれ目になる気がする。
 木曜日 霞ヶ丘でのチケットはないから、西ヶ丘でのバーレン対レバノン、贔屓目にみても引き分けてくれれば、つまり、 またもやレバノンを応援することが実は手っ取り早い日本の勝ち残り戦術です、では西が丘に行きましょうか?  (平山はイエロー2枚目ではないことから、3月17日一部文章を訂正しました)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月14日 (日)

2004.03.14 U-23 日本代表 ×0-1○ バーレーン

浮かれているうちに追いつかれた、というか抜かれた。
自転車2台を車に乗せて、さいたまスタジアムへ一路向かう。 UAEラウンドで見せた山本監督の涙がいまだに気にかかるが、まぁ、 1-0か0-0で終わるのかなと思いながらスタジアムへ向かう。 いつの間にか完成したサブグランドを横目にホーム側カテ4にて観戦開始。
第1試合は南側のアウェイゴール裏からレバノンコールが時折起こる中、フリーキックが決まりUAEは先制されてやや浮き足立つ。 バルコニー席からのコールに促され、次々と日本サポーターから最下位レバノンに向けコールが繰り返される。 無論 最大の敵は勝ち点6のUAEだったが、セットプレイから2-0となったときは、こりゃ第2試合は楽だな、 と気分がやや浮き足立ってました。その後 1-2となったときは逃げ切れないかな、アクロなシュートで2-2となったときには、 何とかこのまま逃げ切ってくれとおもいながら、「けんちんうどん」をすすってました。結果 乱闘騒ぎの中 試合は無事終了。 若干 うつ伏すUAEプレイヤーもおり、勝ち点足りないヤバさがありありのUAEチーム、これで日本有利と思ってました。
第1試合の結果に会場内の日本サポーターがにやけるなか、第2試合の練習開始時、試合開始前のころだったかいつだった忘れたが、 バーレーンのプレイヤーはなんと、アウェイ側を中心に客席にプレゼント(応援用のシャツかぬいぐるみか?なんか)を投げこんでまして、 それを見るに、「さすがオイルダラー系王国、金余っているなぁ」、「そんなもんで買収されんで、とっと捨てんかい!」とおもいましたが、 投げ返すやつ(日本人)はおりません、見事 日本サポの買収完了ということでした。

試合は、中盤で前田先発、いきなりFW高松、と聞いた瞬間にヤバいと思い、やっぱりうまくいかない前線陣。 高松は今大会では鬱憤を晴らすストレス必須、後半45分使用でこそ生きるし、ギャンブルするなら先発で大久保と思ってました。 石川が練習しても左は根本だったし、監督どっかずれてない?と思うことしきり。体調悪いなら、追加で呼んだやつ使えよ、とも思う。
決定的なのは諦めの悪いバーレーンは日本を研究し相変わらず守りつくしてきたことです。トゥーリオが消えた後は、本当 昔のチーム、 一番初めにチーム立ち上げたときに感じた、大人しいというより、活気のない、陰気な、会話のなさそうな、 阿部ちゃんフリーキック頼みのチームに早戻り。茂庭もA代表経験者とは思えないクリアミス・パスミス・アンラッキーぶりも発揮。 ベンチワークもプレイヤーも昔に戻ったことで、やっぱり本質(母体となっている世代の力量)は変化なしということが分かりました。 ここで大久保君が魅せれば、一躍ヒーロに戻れるし、ダメなら前園以下が立証されるのではないか。次節のレバノン戦が見もの。
そんなことより、本当に勝ちたいのか?勝てないと諦めてないか?オリンピックよりワールドカップと知ったかぶってないか? 応援する側もいつの間にか若返っているけど、ブーイングだけが命ではない、応援がベンチを、プレイヤーを励ますことを忘れてません? 後ろのお姉さん、悲鳴を上げるなら、励ましてあげなょ、ホント。

※追伸 木曜日 西ヶ丘でのバーレーン対レバノン 意外と見る価値が出てきたりしてます。国立霞ヶ丘がだめそうなので、北区まで行こうかと。  

続きを読む "2004.03.14 U-23 日本代表 ×0-1○ バーレーン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月13日 (土)

2004.03.13 サンフレッチェ広島△1-1△清水エスパルス

2004シーズン開幕
3月となり、 帰宅後のTVでは毎日のように野球オープン戦結果が流れておりますが、U-23、 A代表と試合が進んでいるサッカーを見慣れていると、こんなに暖かいのに野球はまだシーズン前なのかい、と思ってしまう。

今年は(も)さほど寒くない日々が続いており、今シーズン最後かなぁと一路関越道を進む、当然 広島の開幕戦は不参加、 今日は暖冬の影響で溶けかかった雪を相手に苦闘する。露天風呂・昼寝・帰宅・夕食準備とすすみます。
この間 ネットで速報観戦、文字情報はつらいです、NTTフレッツかスカパーにでも入ろうかな、とこんな時は必ず後悔する。 試合終盤はお約束のように回線いっぱいでレスポンスが悪い。とりあえず、経過確認した瞬間、小村のゴールで0-1、 いらいらしているうち平松ゴール1-1。これで今日は終わりかなとおもっていたら、PC画面は連打しても動かなくなりました。。。。。 試合終了後 某掲示板で1-1終了を知ったとき、進歩のなさを感じるとともに、いまさらながら、来週のホーム開幕試合に期待してしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年1月 | トップページ | 2004年4月 »