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2003年12月14日 (日)

2003.12.14 BOCA JUNIORS ○1(PK3-1)1× A.C.MILAN

市立船橋はPK負けも、TVを思わず見てしまいました。
よって、遅刻気味のため、自転車で駅へと向かいます。
急遽 入手できたチケットが現地手渡しのため、やや不安を覚えながら東横線に揺られ一路、新横浜駅へ移動。 地下鉄が地上駅である中目黒に着くころには外は真っ暗です。
2001年バイエルンミュンヘン対ボカジュニア以来のトヨタカップ観戦ですが、あまり過度な期待はしておりません。 どうしてもチャンピオンズリーグ、リーグ戦の合間の東アジア遠征、 まともな体調ではこないヨーロッパチームは動きがいまいちな感じが匂います。対して、南米チームは貧乏系ですので一旗上げようと、 かなり意地を見せて食いつくのですが実力差は大きく、結果 必死な南米、 適当なヨーロッパといまいち観戦の日本人ほど盛り上がっておりません。
今日は、忙しくて前半からは見てませんが、天皇杯では市船が横浜Fマリを食いつぶそうとしてました。思わず、最後まで見てしまいましたが、 こんな日は本番も0-0、延長PKかなぁとおもいながら、遅刻気味に駅へと急いだのでありました。
新横浜駅は、偽シャツ売りの方やなんやらで開始1時間ほど前ですが、凄い込みです。先週の東アジア大会とはえらい違いです。 何とか夕食を確保し、無事チケットも受け渡しが完了。入場しますが、、、、、遠いですね、、、、、、ピッチは、さすが横酷というだけはある。
2階席ですが、7階です。対戦カードがカードなだけに文句は言いませんが、本当に全体が良く見えます(緑のトラックも)。
うるさい音量のMC、花火を使ったオープニングとややあっけない選手紹介が終わり、試合開始です。そういえば国歌とかもないな、 クラブチームだからあたりまえですか。。。。
インザキの代わりに先発出場のトマソンが前半ゴールして1-0.このまま、終了かなとおもったら、5分後すぐに同点1-1。
本来 ミランがバシバシにサイドアタック攻勢かと思いきや、両サイドは動けず、ミランはMFシードルフが比較的ワイドに動くだけで、 2~3人で速攻をかけるボカのほうがサイドを有効に押し上げてというか、攻撃の形ができてます。
後半 ルイ・コスタなど豪華な控えメンバーを多用したミランですが、相変わらず、 ゴール前ではシェフチェンコにはがっちりディフェンスが詰めており、ゴールが取れる匂いはありません。シルバーゴール方式?による延長も、 微妙な(完璧な)?オフサイドで終わりPKへ。

てっきり、クレーンカメラがあるホームミラン側のゴールを使用かと思ってましたが、主審はボカ側を選択(選択権は主審だよね、たしか)、 急いで動く報道カメラマン多く 皆様カメラが重く辛そうでした。
勝負はボカが勝ちましたが、感心したのはボカのパススピードとボールストップの正確なこと、ゴールキーパーのフィードの正確さ。本当に足元、 狙ったところに蹴ります。あと、3人ではなく、2人でパス交換で攻め上がるときのドリブルの仕方が独特で、 逃げるようにラウンドしながらスペースメイキング、パスコースを1人で作ったり、 ライン際で浮かせて2人で抜いたりとキックフェイントが多彩です。こんなチームにいた高原は本当に羨ましい、 きっとHSVよりも汚く辛い試合が多いだろうが、やっていても楽しいだろうな。

帰り道、フセイン身柄確保という話題に、朝日新聞の号外はTOYOTACUPとフセインの2タイプがでるというおまけつきでした。
PKのおかげで、予想以上に遅れ気味な帰りは新幹線で東京戻りという(なんとのぞみで16分!!)贅沢な選択をして帰りました。 来年は誰が来るのでしょうか。。。。 

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2003年12月 7日 (日)

2003.12.7 東アジア選手権 日本○1-0香港

本当に寒い試合でした。
師走の慌しい中、入手できたチケットを持って、MTBに跨り、いざ北上。北風は非常に大きな抵抗となり、およそ50分くらいで現地到着。 ワールドカップの後もなかなか、定まらない周辺道路は、いつの間にか大きく蛇行し、一部歩道がない部分が露出するなど本当にひどい。 何の為の工事だかわからなくなってます。
メット片手に、自転車を縛りつけていざ入場。本当に少ない、、、、人気ないなぁっていうか、EURO系メンバーいないと本当に人が来ない、 代表ブームという言葉、決して本物志向ではないところが伺えます。
北側ゴール裏では韓国サポーターレッドデビルもどき(失礼)がコールするも、人数も少ない(中国よりは多いけど)からか迫力がありません。 そのうち第1試合の選手入場し練習開始。
アンジョンファン、ユサンチョル、キムドフン、チェヨンスと見慣れた顔が見えます。そういえば、 WC2002KJで見たGKイウンジェも懐かしいなぁ。寒空・寒風のなか、試合は始まり、なんだか面白くならないうちに終わった。
特に、後半は10対11の攻防のはずが何を勘違いしたのか眠かったのか何で韓国は押し込まれているんかいな、と思ってました。
両チームともまだまだチームの完成度は低く、特に韓国は3トップがグルグルとポジションを動くけど、落ち着きがなく攻めの形が決まらない。 あとは、前線がやや年寄りじみていて、驚きの動きを醸し出す選手はいないなぁ。ジョンファンも目立たないし、と思ってたら交代だし。
続いて、第2試合
ジーコジャパンもなんとなくアップが始まり、 FW久保が疲れか怪我かわからないが前半20分くらいでガス欠、 途中からうまく動けなくなると、点が入る気がしない。 トルシエのときとは違った意味で、 出ているメンツに危機感はなく(今日はいないけどナカタヒデを除く)、 EUROな彼らが来ればどうせ自分たちは出れないし(意地があるトシヤを除く)、サイドはあの2人で固定だし (特にアレックスのサイドバック)、と煮詰まってます。
イラついているのは大久保君ですが、どうみてもツキというか運がありません。ツキがないと、人生落ちるのは早いのですが、 監督が我慢しているから、まぁ、今しばらく大丈夫ですか(と思っていたらその後 横浜での韓国戦で10対11を演出してしまい、 早期 代表からご辞退を願う状況、でもU-23で決勝ゴールとったりすると、また日本人は勘違いするんだろうなぁ)。

サポーターの応援も、気合が抜けた、余裕とマッタリ感のある不連続な音が続き、アレックスの誘いに乗ったGKがPKで1点を献上し終了。 終盤 たたみかけるような攻撃ってできないんでしょうか?
なんか、予選の前の危機感ないですね、やっているほうも、応援するほうも、自動的にWC2006ドイツ大会には招待されないのに、 勝てるまたはアジア最終予選からでいいや、なのかなぁ、1998フランスの時のような高揚感はない、ジーコは我慢しているのだろうが、 いい加減 誰かひっぱたいてかないと、オマーンには負けるよ。日本人の自立的なプレーはまだまだ夢ですし、それを態度だけでなく、 現場で指導・説明できないという監督もまた問題ありかと。
勝てそう・・・・、というのは97年で学んだはずだか、覚えているのはおじさんだけなのか。意外とまた、岡ちゃんの出番がやってくるのか?
試合の内容は本当につまらなかったに尽きてしまう、いまのメンバーからしたら、日本でやる意味はない、 中国とかアウェイでやるべきだったかと。帰りのMTBは風も止み快適でしたが、寒いことに変わりは無かったです。 

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